いろいろなことがわからない。恥ずかしい限りではあるが、実に自分が知らないということを日々思い知らされる。わかったつもりでいることが、実はわかっていないことを知らないだけだったりして、冷や汗が出そうになることもある。最近、あれ?と思ったことがある。健康保険と年金の話だ。我々は、会社に勤めていると健康保険料や厚生年金保険料を給与から引かれている。これ自体は特に疑問を持たない。もっと手取りの給料が増えないだろうかとため息をついている。
さて、厚生年金保険料や国民年金保険料を支払っても、賦課給付制度をとっているために、自分の保険料は、自分の口座に保険金が積み上がっているわけではない。老齢世代を若い人たちが働いたお金で支えてあげている。そして、25年以上保険料を払い、いずれ自分が年を重ねて60才過ぎて年金をもらう。その年金は現役世代の働いたお金で支えてもらうことになる。その意味では順繰りで支えあっている。これは良いとか悪いとかではなく、そんなものだと思っている。
一方、厚生年金保険とか国民健康保険だ。この保険料は一人がみんなのために支払っている。年金のように、25年とか長期にわたって掛けていなくても、会社に入ったら健康保険証が渡される。新入社員であっても病気をして病院にいく時に健康保険の恩恵を受ける。これも当然のように思っている。
この健康保険は、すぐにでも給付を得られるわけだから本当にありがたい。一般に、人間は年をとるに連れて病気が出てくる。とするならば、若い人はめったに病気をせず、60才過ぎたような人に保険の給付がなされると言えるのではないか。そのように考えるならば、本来、年金も、健康保険も実は年寄りを対象にした社会的な弱者向けのものと考えられる(乱暴かもしれないが・・)。
そこで、健康保険だって、年金のようにどうして賦課給付方式を取らないのだろうという疑問だ。
健康保険に賦課給付はひどいではないかというのであれば、どうして年金は賦課給付でよいのだろう。若い人だって病気をする。病気をして働くことができなければ、年金のように所得の給付が必要だ。でもこれは25年以上働いて、60歳以上になって初めて給付される。健康保険のようにいつでも給付に預かれるようにするのが本当ではないか。
アメリカのmedicareを見ると、まさに年金と一緒だ。若い人は、一生懸命お金を払っていても受給できない。65才を過ぎるまで健康保険の給付がない。その間は、自分で自分の身を守らねばならない。日本だって年金については、受給開始までは自分で自分の身を守らなければならない。実はアメリカ型が本来は一貫性があるのかもしれない。日本のほうが理屈に合っていないといえるのかもしれないが、手厚い給付があるのは一貫性があってもなくても歓迎である。
こうして考えてみると、健康保険をすぐに受給できる日本は何ともありがたい国に思えてくる。もっと言えば、年金だって自分が掛けた金額に応じて、即時受給できるのが本当のような気がしてきた。