イギリス法は法律に基づくだけではなく、前例や慣習に則っていたので、例外的であった。ゆえに慣習法である。特に財産法や相続法などは歴史的な法律的決定の積み重ねよりできている。この決定は前例、慣習、当時の社会的な価値観や態度に基づく。それゆえに、変化に時間がかかり、安定的であり、時間を越えた一貫性がある。アメリカにおいては特にアメリカが植民地であった時代には、こうした法体系に基づいていた。
今日、アメリカの相続の基礎はほとんどの州で、このイギリスの慣習法の考え方が基礎になっている。特徴的なことの一つは、女性の財産権である。現代では考えられないことなのだが、ノルマン・コンクウエストの時代の1,000も前には女性には不動産を相続することができなかった。男性の相続人が存在する限り、女性の相続人を排除して不動産を相続した。不動産は中世の政治、経済、社会構造で最も基本的な要素であった。国王と王室裁判官は、不動産を与え相続を管理した。当時の社会で、女性は兵役ができないため、男性の相続人がいる限り、不動産を相続することができなかった。こうした考え方はアメリカの植民地時代から19世紀においてもあったといわれる。
とても驚いてしまうのだが、財産や相続の面からは、結婚すると女性の法的な存在は消失したのだと言う。それは、男女が結婚することにより、二人の人間があたかも融合したものとなり、妻は夫と一つの人格になってしまう。結婚している間は、夫の中に入り込んでしまい、一人の人間になってしまう。
もともと、女性の法的な存在が認められていなかったかと言えば、そうではなく、結婚していない女性は男性と同じような権利を有した。但し、女性には投票権や裁判権が制限されていた。それを除けば、財産を売買したり、契約を締結したり、裁判に訴えるとかすることができた。逆に言えば、そうした文書の中に女性が出てくる場合は結婚していなかったと考えてもよいと言う。
結婚することにより、妻は夫と同じ存在になってしまうと言うので、一般的に言って、妻は不動産を得たり、所有することがないという。夫は、二人の融合した実体のトップとして、彼の妻のものであったものを何でも所有した。それは、妻が結婚にもってきた財産や、婚姻中に得られたもの、相続した資産など、すべてが実質上は夫のものになった。また、資産を購入したり、契約を締結したり、裁判を起こしたりする権利は、夫を介してのみできるようになり、女性がこうした行為を行う権利を失った。
夫が生きている間は、夫が代表する一つの融合体であり、夫が亡くなることで、妻は自らの法的実態を再度手に入れることになる。それゆえに、夫は財産を妻に遺贈することはできた。夫が生きている間には、妻に贈与を行っても、自分が自分に贈与することになるので、贈与そのものが成り立たない。
夫婦は一つの経済的実体であるという考え方が、なるほど夫婦合算申告の基礎になっているものだと思う。その考えは、実に中世から延々とつながってきているものである。夫婦となることの重さがそこにはある。日本のように税金の制度として夫も妻も、個々の人間として申告を行うことの合理性は確かに高い。しかし何世紀にもわたって伝わってきた身も心も全て融合するという人間観、社会観もどこか捨てがたいものである。
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