いかに税金を少なく払うか。このことに時間や精力を傾けて一生懸命になることはわかる。しかし何かとんでもなく労力をかけ、精神的にも疲弊して、効果がそれほどない思いにとらわれる。余り限界的なところで1円玉を数えるような努力は精神衛生上良くない。そこで、いかに多く税金を払うかということを考えたらどうだろうか。
税金を100万円払うことと1億円払うことのどちらが良いか。限界税率を33.3%として、ものすごく大雑把に考えると、税金を100万円払うためには課税所得が約300万円だ。1億円の税金ならば課税所得が約3億円だ。前者は税金を払った後に残るお金が200万円で、後者は2億円と言うことになる。
この例からは1億円の税金を払う人の方が良いことになる。何が良いのかと言う判断基準を哲学的に考えるとわからないので、世俗的な判断である。つまり、100万円の税金を払っている人が、何とかして300万円の税金を払うように考え、500万円、1000万円の税金を払うように考えると、何か世界が広がり外に向かって解放される気分になる。
税金を少なく払う。年収が少なくなれば税金は自動的に少なくなる。それには努力は必要ない。何かさびしい気になる。年収が多くなれば自動的に税金は大きくなる。税金を少なく払うことに頭を向けるのではなく、いかに多く税金を払うかと言うことに頭を向ける方が、自分の世界を打ち破って、一回りも二回りも大きくなる。
いつも節税で内向きに考えているならば、たまには外向きに考えてもよかろう。日本の納税者が全員、税金を少なく払うことに成功した時には日本の税収は少なくなる。そこで得られる反対給付は今よりも貧しいものになる。節税の先は貧しさに思える。その反対に、全員が税金を多く払うことに成功した時には、日本の生活は豊かになる。
“いかに税金を少なく払うか”と言う本はあっても“いかに税金を多く払うか”という本がどうしてないのだろうか。
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