相手の立場になって考えなさいとはよく言われる言葉だ。なる程、その通りだと思う。しっかりと相手の立場になって考えることが、我々の社会を維持するにどれだけ大事かと思う。このことを否定する人はいないと思うが、さりとて、どれだけそれが身についているか疑問でもある。
マナーについてだが、アメリカでエレベーターに乗る時、他の人のためにドアをちょっと押さえてあげる。日本ではエレベーターは自分が下りてしまえば、乗ってくる人がどうでもほとんど気にしない。だからその人のためにエレベーターのドアを押さえてあげることをしない。ビルの玄関なども同じだ。ちょっとした心遣いだが、それができていない。でも口を開けば冒頭のように相手を思いやりましょうとすべての人が言う。
税金の話になった時にその視点はガチガチに税金を払う視点だ。“税金を払う”ならまだしも、“払わせられる”、“税金を取られる”という視点だろう。ここで、相手を思いやるというのは、税務署員の立場になってとか、税法を作っている人の立場になってと言うのとも少し違う。現実感がなくてそうした人たちの立場に自分を置いて考えたくても考えることができない。
エレベーターの場合は、乗ってくる人たちの姿かたちがわかる。税金の場合、支払いを受ける人をイメージすることが難しい。
相手の立場に立ってと言うのは言うが易い。現実問題として、財政赤字のつけを孫子の世代に垂れ流す。今その人たちは文句を言いたくても幼くて言えない。
孫子にすればどうして爺さん世代のつけを自分たちが払わなければならないのと言うことになる。自分たちで飲み食いしたら、その人がお金を払うのが当たり前でしょうと言うに決まっている。
Form 1040にアメリカ大統領選挙のために$3を寄付しますかと聞く欄がある。日本の財政赤字1,000兆円と言う。人口1.2億人で計算すれば一人833万円になる。日本の財政赤字を解消するために、一人833万円を寄付しますか?と確定申告書に書きますか。
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